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<織田信長の墓がある寺として有名>
上京区の寺町通沿いに建つ浄土宗の寺院。
本能寺で自害した信長の遺骨を埋葬。
森蘭丸・坊丸・力丸三兄弟の墓もある。

住所 : 京都市上京区寺町通今出川上ル鶴山町14
付近の見所 : 十念寺,仏陀寺,本満寺



(撮影 : 2011年5月14日)

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阿弥陀寺山門
阿弥陀寺山門
山門横に建つ「織田信長公本廟」の石碑
山門横に建つ「織田信長公本廟」の石碑
本堂
本 堂
本堂の扁額
本堂の扁額
境内にある石仏
境内にある石仏
庫裏
庫 裏
鐘楼
鐘 楼
北斗暁稲荷大明神
北斗暁稲荷大明神
織田信長・信忠父子のお墓(後ろは黄色のショベルカー)
織田信長・信忠父子のお墓(後ろは黄色のショベルカー)
「織田信長・信忠・討死衆墓所」の石碑
「織田信長・信忠・討死衆墓所」の石碑
森蘭丸・坊丸・力丸三兄弟の墓石
森蘭丸・坊丸・力丸三兄弟の墓石
境内にある松尾芭蕉の句碑
境内にある松尾芭蕉の句碑

阿弥陀寺

阿弥陀寺(あみだじ)は、京都御所の北、上京区の寺町通沿いに建つ浄土宗のお寺です。
門前の石柱に「織田信長公本廟」とあるとおり、ここは織田信長の墓があるお寺として有名。
お寺の創建は戦国時代の天文年間(1532〜54)といいますから、大まかに言えば、種子島に鉄砲が伝来したころ。清玉(せいぎょく)上人が近江(滋賀県)の坂本に開創し、その後永禄年間(1558〜70)に織田信長の帰依を得て京の地(現在の今出川大宮東付近)に移転。当時は塔頭11ヶ寺を構える大寺院であったそうです。
この清玉上人は、織田信長の父・信秀との不思議な縁によって織田家で育てられ、このため幼いころから織田家との間に深い親交を結ぶようになります。天正10年(1582)の本能寺の変の際、知らせを聞いた上人は急いで本能寺に駆けつけますが、既に本能寺は焼け落ち、信長は自害していました。信長の家来たちは「俺の身体は敵に渡すな」という信長の遺言に従って遺骸を焼いていたため、上人はその遺骨を法衣に包んで逃げ帰り、埋葬したのだそうです。
事の真偽は定かではありませんが、とにかく信長の遺骨が埋葬されている、とされるほぼ唯一のお寺です。
私が訪れた日は、信長・信忠父子のお墓の周囲が工事中で、墓石の後ろに黄色のショベルカーが置かれていました(このため少し変な写真となってしまいました)。また父子のお墓のすぐ横には、信長の家臣である森蘭丸・坊丸・力丸の三兄弟のお墓があるのですが、その墓石は写真にありますとおり、三兄弟そろって横一文字状の「ガムテープの絆創膏」が貼られ、とても痛々しいお姿となっていました。