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山門前(「圓光大師霊場・浄土礼讃根元地」の石碑がある)
山門(「圓光大師霊場・浄土礼讃根元地」の石碑がある)
山門側から見た境内
山門側から見た境内
境内(正面は本堂)
境内(正面は本堂)
本堂側から見た境内
本堂側から見た境内
住蓮房、安楽房の歌碑
住蓮房、安楽房の歌碑
住蓮房、安楽房の供養塔
住蓮房、安楽房の供養塔
松虫姫、鈴虫姫の供養塔への石段
松虫姫、鈴虫姫の供養塔への石段
松虫姫、鈴虫姫の供養塔
松虫姫、鈴虫姫の供養塔

安楽寺

安楽寺は鎌倉時代の初期に、法然上人の弟子の住蓮房、安楽房の二人の僧が念仏道場「鹿ヶ谷草庵」を建てたことに始まる、大変悲しい過去を持つ寺院です。
当時のある日、後鳥羽上皇の女官として仕えていた「松虫姫(19才)」と「鈴虫姫(17才)」が、夜間ひそかに御所を出てこの草庵を訪れ剃髪して尼僧となる、という事件が起こります。これを知った上皇は激怒し、専修念仏の停止を命じると共に、二人の出家を許した住蓮と安楽は死刑(斬首)となり、法然上人は讃岐へ、親鸞聖人は越後への流刑となります。
その後、両姫は瀬戸内海の小島で亡くなり、「鹿ヶ谷草庵」は荒廃してしまいますが、流刑から帰京した法然上人が弟子の菩提を弔うために堂を建て、二人の名をとって「住蓮山安楽寺」と名づけました。寺院境内には住蓮・安楽両坊、そして松虫・鈴虫両姫それぞれの供養塔があります。
またこのお寺は、毎年7月25日に中風まじないの「鹿ケ谷かぼちゃ供養」が行われることでも有名です。
なお「鹿ケ谷」は「しかがだに」ではなく、「ししがだに」と読みます(京都の地名は無茶苦茶ですね)。
【ご利益】:中風除け(かぼちゃ供養)