竹林寺(ちくりんじ)は、丸太町通と西大路通との交差点「円町」から北東へ150mほど入ったところにある、浄土宗西山禅林寺派の寺院。「達磨寺」として有名な法輪寺のすぐ向かいにあります。同名の他のお寺が京都市内にあるため、「赤門の竹林寺」「あかもん」「あかちく」とか呼ばれています。鎌倉時代の弘安2年(1278)に道教上人により創建された古刹ですが、数度の火災のため、その後の由来は詳細不明のようです。
このお寺は、平野国臣をはじめとする「六角獄舎殉難志士37士の墓」があることで知られ、寺院門前の説明書にもそのことが書かれています。京都には江戸時代から六角通因幡町あたりに「六角獄舎」と呼ばれる獄舎があり、幕末には新撰組によって捕らえられた多くの志士がここに収容されたといわれます。
中でも有名なのが、京都で尊王倒幕の運動に奔走した福岡藩出身の平野国臣、そして土方歳三から「五寸釘の拷問」を受けて計画を白状し池田屋事件を招いたとされる古高俊太郎の二人です。
彼らは幕府の裁きを待つ身でありましたが、元治元年(1864)7月に蛤御門の変(禁門の変)が起き、戦火に紛れて彼らが逃走することを恐れた幕吏は、何の裁きもないまま、六角獄舎に繋がれていた志士37名の斬首を断行します。耳を覆いたくなるような残酷な事件ですが、竹林寺の境内のお墓には、当時この付近にあった処刑場跡から発掘された彼ら37名の遺骨が合葬され、墓碑にその氏名が刻まれています(なお、古高俊太郎のお墓とされるところは、ここ以外にも上京区の福勝寺、東山区の京都霊山護国神社、そして滋賀県守山市の福寿院にもあります)。
竹林寺はふだんは山門に柵がされていますが、門の横には「自由に参拝して下さい」との貼紙があり、くぐり戸から自由に出入りすることができます。