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<西国三十三所の番外札所>
京都市山科区にある小さな寺院。
創建は歌人として有名な遍昭僧正。
花山天皇が謀略により出家させられた寺院。

住所 : 京都市山科区北花山河原町13
付近の見所 : 折上稲荷神社



(撮影 : 2011年1月23日)

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渋谷街道にある「元慶寺」の道標
渋谷街道にある「元慶寺」の道標
道標から元慶寺山門への道
道標から元慶寺山門への道
元慶寺山門
元慶寺山門
寺院境内
寺院境内
本堂
本 堂
本堂
本 堂
本堂の扁額
本堂の扁額
寺務所
寺務所
「花山院法皇 御落飾道塲」の石碑
「花山院法皇 御落飾道塲」の石碑
「遍昭僧正御墓」の石碑
「遍昭僧正御墓」の石碑

元慶寺

JR山科駅(または京阪電鉄山科駅あるいは地下鉄山科駅)を降りて南へ500m行き、渋谷街道(府道116号線)を西へ1kmほど行くと、道路沿いに「西国三十三所番外札所 花山天皇 元慶寺」と書かれた大きな道標が立っています。ここから北へ、民家と田んぼに挟まれた細い道を80mくらい歩いた突当りに、「元慶寺(がんけいじ)」の竜宮風の山門があります。
こう書けば簡単のようですが、とにかく場所が分かりにくい。私は詳細な地図を持って行ったのですが、元慶寺を南側でなく北側から目指して行ったため、すぐ近くまで行きながら、なかなか見つけられませんでした。行かれるときは充分にご注意ください。
元慶寺の創建は平安時代。遍昭僧正が貞観11年(869)に華山寺を創建し、その後元慶元年(877)に清和天皇の勅願寺となって名が変わり元慶寺となりました(遍昭僧正は百人一首「天津風 雲の通路ふきとじよ 乙女の姿しばしとどめん」の作者)。
また元慶寺は、上の道標にも書かれているとおり西国三十三所の「番外札所」。番外札所とは西国巡礼の創始やその後の発展に関係のある特別な寺院で、ここ以外に奈良県桜井市の法起院と兵庫県三田市の花山院とがあります。元慶寺は西国霊場の「中興の祖」とされる花山天皇ゆかりの寺院。花山天皇はこの寺で謀略により出家させられ、皇位復帰の道を絶たれてしまう悲運の天皇。寺院の境内には「花山院法皇 御落飾道塲」の石碑があります。