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源光庵参道入口
源光庵参道入口
源光庵山門
源光庵山門
鐘楼
鐘 楼
境内(本堂前)
境内(本堂前)
本堂側から見た境内
本堂側から見た境内
寺院庭園
寺院庭園
丸い「悟りの窓」と四角の「迷いの窓」
丸い「悟りの窓」と四角の「迷いの窓」
「悟りの窓・迷いの窓」の外側
「悟りの窓・迷いの窓」の外側
血天井にある血の足跡
血天井にある血の足跡
血天井の看板
血天井の看板

源光庵

源光庵は、もともとは臨済宗の僧の隠居所として創られ、後に曹洞宗に改宗された寺院です。
立派な本堂は、曹洞宗に改宗した際に創建されたもので、この本堂の天井には、血天井と呼ばれる血痕の付いた板が使われています。これはかつて伏見城で徳川家康家臣鳥居元忠と配下の武将1800人が石田三成の軍勢と戦い討ち死にした際の痕跡で、現在も血でできた手跡や足跡が多く残っています。同じ血天井は、東山区の養源院や左京区の宝泉院、北区の正伝寺、宇治市の興聖寺などにもあり、それぞれに血の跡が多く残されていますが、私はここ源光庵の血の跡が一番明瞭に残っていると思います。
また本堂には、「悟りの窓」と名づけられた丸い窓と、「迷いの窓」という四角の窓があります。「悟りの窓」は「禅・円通」の心すなわち大宇宙を表現し、「迷いの窓」は人間の生涯すなわち「生老病死・四苦八苦」を表現しているのだそうです。紅葉の時期に、この窓から見た庭園の見事な光景は、多くの雑誌で紹介されています。