TOP > 洛西 >悟真寺(応挙寺)
<円山応挙のお墓のあるお寺>
太秦映画村の南隣、広隆寺の東隣にある。
「応挙寺」の通称で呼ばれる。
「自然幼稚園」の大きな看板が目印。

住所 : 京都市右京区太秦東蜂岡町
付近の見所 : 広隆寺東映太秦映画村



(撮影 : 2012年1月1日)

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入口の左には「自然幼稚園」の大きな看板があります。
入口の左には「自然幼稚園」の大きな看板があります。
入口の右には「応挙寺 悟眞寺」の小さな表札があります。
入口の右には「応挙寺 悟眞寺」の小さな表札があります。
入口を入ると塀をはさんで左に幼稚園、右にお寺があります。
入口を入ると塀をはさんで左に幼稚園、右にお寺があります。
悟真寺の本堂
悟真寺の本堂
お寺は改築工事中のようです。
お寺は改築工事中のようです。
「円山家墓地」の石標
「円山家墓地」の石標
円山応挙の墓地
円山応挙の墓地
円山応挙の墓石のアップ
円山応挙の墓石のアップ
応挙墓石の向って左には子孫の「応震」「応誠」の墓石
応挙墓石の向って左には子孫の「応震」「応誠」の墓石
応挙墓石の向って右には子孫の「応瑞」「応立」の墓石
応挙墓石の向って右には子孫の「応瑞」「応立」の墓石

悟真寺(応挙寺)

悟真寺(ごしんじ)は「応挙寺」とも呼ばれ、「円山応挙」のお墓があることで知られる浄土宗のお寺です。
「東映太秦映画村」のすぐ南、有名な「広隆寺」のすぐ東隣にあります。 入口のブロック塀の左側には「自然幼稚園」の大きな看板があり、右側に「応挙寺 悟眞寺」の小さな表札があります。お寺の名があまり有名ではなく、表札もとても小さく、お寺の建物も道路からは見えませんので、ここを観光客が訪れることはかなり少ないのではないでしょうか。
入口を入ると、波板の塀をはさんで左側に幼稚園があり、右側のガランとした境内の奥にお寺の小さな本堂が見えます。そしてこの本堂の右側には、新しい本堂の完成予定図を貼り付けた立て看板がありました。どうやらここは改築(新築?増築?)工事の準備中のようです。
本堂の横を通って裏側の墓地に入ると、すぐ正面に「円山応挙」のお墓があります。応挙自身の墓石を中央にして、向かって左に子孫の「応震」「応誠」の墓石が、右に「応瑞」「応立」の墓石が、それぞれ立っています。
それぞれの墓石には「円山」でも「圓山」でもなく、応挙の本姓である「源」の文字が刻まれていますので、正面から見ても、これが円山応挙のお墓とはちょっと気付きにくいかも知れません。
円山応挙は、江戸時代中期の享保18年(1733)に現在の京都府丹波地方の貧しい農家に生まれ、一時はお寺に預けられもしましたが、その後に絵師の「石田幽汀」に弟子入りして絵を学び、写生を重視した独自の日本画を確立します。彼の死後も、その画風は円山派、円山四条派と呼ばれる流派を形成し、近代日本画に大きな影響を与えました。
でも私たちが円山応挙の名を聞いて最初にピンと来るのは、「足のない幽霊」を最初に描いた画家、ということですよね。