TOP > 洛北 >一燈寺(葉山観音)
<通称「葉山観音」の臨済宗寺院>
ご本尊は聖徳太子作の馬頭観世音菩薩。
勤王の志士「梅田雲濱」の寓居跡がある。
寺院の近くには「林丘寺宮墓地」もある。

住所 : 京都市左京区一乗寺葉山町6
付近の見所 : 詩仙堂八大神社



(撮影 : 2011年3月12日)

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参道入口にある「葉山馬頭観世音」の石標
参道入口にある「葉山馬頭観世音」の石標
参道途中にある「梅田雲濱先生旧蹟」の石標
参道途中にある「梅田雲濱先生旧蹟」の石標
参道途中にある弁天堂
参道途中にある弁天堂
手水舎
手水舎
本堂(観音堂)
本堂(観音堂)
本堂の内部
本堂の内部
本堂の扁額
本堂の扁額
本堂の提灯
本堂の提灯
十三重塔
十三重塔
稲荷社
稲荷社
「林丘寺宮墓地」入口
「林丘寺宮墓地」入口
朱宮光子内親王のお墓(中央)
朱宮光子内親王のお墓(中央)

一燈寺(葉山観音)

一燈寺(いっとうじ)は、通称を「葉山観音(はやまかんのん)」という臨済宗の単立寺院で、ご本尊は聖徳太子の作といわれる三面馬頭観世音菩薩です。
詩仙堂から北東へ200mほどの場所にありますが、観光寺院ではなく境内も狭いので、地図にはあまり掲載されておらず、見つけにくいかも知れません。
創建の詳細は不明ですが、江戸時代に後水尾天皇の第八皇女である朱宮光子(あけのみやてるこ)内親王によって、ここに堂宇が整備されたといわれます。なお朱宮は後水尾上皇の崩御に伴って仏門に入り名を照山元瑤とし、また隠居後は普明院と名乗り、亡き後は近くの「林丘寺宮墓地」に葬られることになります。「林丘寺宮墓地(りんきゅうじのみやぼち)」は、一燈寺の参道入口のすぐ手前に、南へ向かう細い山道がありますので、これを50mほど入ったところにあります。民家のすぐ裏の、山の斜面にあるとても立派なお墓で、ここに左から順に「霊元天皇皇女・元秀女王」「後水尾天皇皇女・朱宮光子内親王」「東山天皇皇孫女・元敞女王」が、それぞれ埋葬されています。
また一燈寺は、勤王の志士「梅田雲濱(うめだうんぴん)」の寓居跡があることでも知られ、参道にはこれを示す石碑があります。梅田雲浜は若狭小浜藩の出身ですが、藩政批判をしたとの理由で藩籍を剥奪されて浪人となり、このお寺に住み込むことになります。その後、尊皇攘夷を唱えて活躍しますが、「安政の大獄」の第一号の逮捕者となって江戸に送られ、獄中で病没したといわれます。