TOP > 洛中 >火除天満宮
<四条寺町のビル群に挟まれた神社>
元は寺院「大雲院」の鎮守の社。
幕末以降の数度の火難を免れる。
学問成就と火除の神として信仰を集める。

住所 : 京都市下京区寺町四条下ル貞安前之町613
公式HP : http://www.tt.em-net.ne.jp/~teda/koyama/
付近の見所 : 染殿院


(撮影 : 2010年10月2日)

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参道入口にある「火除天満宮社」の石柱
参道入口にある「火除天満宮社」の石柱
参道入口の鳥居
参道入口の鳥居
鳥居の扁額
鳥居の扁額
参道途中にある社(延命地蔵尊・天道大日如来)
参道途中にある社(延命地蔵尊・天道大日如来)
参道途中にある小橋と「天満宮二十五社第九番」の石柱
参道途中にある小橋と「天満宮二十五社第九番」の石柱
神牛
神 牛
神社境内(拝殿前)
神社境内(拝殿前)
拝殿・本殿
拝殿・本殿
本殿前の扁額
本殿前の扁額
拝殿前にある鳥居をその前の駐車場側から見たところ
拝殿前にある鳥居をその前の駐車場側から見たところ

火除天満宮

火除天満宮は、四条通から寺町通を南へ40mほど下ったところの東側、商業ビルの脇にへばりつくように建っている、小さな神社です。
安土桃山時代に九州の太宰府からやって来た老神官が、背負ってきた菅原道真の像を六条通近くに祀ったのがこの神社の始まりといわれています。それから10年ほど後に烏丸二条の地に寺院「大雲院」が創建されると、その鎮守社として迎えられ、更に10年ほど後に現在の四条寺町の地に遷座することになります。
幕末の蛤御門の変ではこの一帯だけが奇跡的に類焼を免れ、またそれ以降もたびたび火難を免れたため、学問成就とともに火除けの神として信仰を集めることになりました。
明治の神仏分離令によって火除天満宮と大雲院とは分離し、さらに大雲院は昭和48年に東山の円山公園近くへと移転することになりますが、火除天満宮はそのまま残り、東に高島屋、西に藤井大丸などの高層建築に挟まれながらも、今も広く信仰を集めています。
【ご利益】:学問成就,火難除け