TOP > 洛東 >法住寺
<後白河上皇ゆかりの寺>
大石内蔵助祈願の寺としても知られる。
長谷川町子さんの菩提寺でもある。
三十三間堂のすぐ東隣にある。

住所 : 京都市東山区三十三間堂廻り町655
付近の見所 : 三十三間堂智積院養源院


(撮影 : 2014年9月20日)

● 写真をクリックすると拡大できます ●

三十三間堂南大門から(左が三十三間堂,右が法住寺)
三十三間堂南大門から(左が三十三間堂,右が法住寺)
寺院山門
寺院山門
山門の扁額
山門の扁額
山門前の提灯
山門前の提灯
竜宮門
竜宮門
竜宮門前の石碑「あそびをせんとてうまれけん」
竜宮門前の石碑「あそびをせんとてうまれけん」
竜宮門前の石柱「旧御陵正門」
竜宮門前の石柱「旧御陵正門」
後白河天皇陵参道
後白河天皇陵参道
本 堂
本 堂
阿弥陀堂
阿弥陀堂
豊川陀枳尼天等を祀るお堂
豊川陀枳尼天等を祀るお堂
境内にあるお百度石
境内にあるお百度石
福寿観音
福寿観音
子育水子地蔵尊
子育水子地蔵尊
寺院の鬼瓦
寺院の鬼瓦
山門の鬼瓦
山門の鬼瓦

法住寺

法住寺(ほうじゅうじ)は、平安時代の中期(988年)に「法住寺太政大臣」と呼ばれた藤原為光により創建された、天台宗の寺院です。
法住寺は創建の後、長元5年(1032)に火災で焼失。永暦2年(1161)になって後白河上皇により、ここに「法住寺殿」と称される御所が造営され、その2年後には蓮華王院(三十三間堂)が寺地内に建設されます(三十三間堂はもともと法住寺の一部。当時の法住寺領地はずいぶん広大だったようです)。 御所は寿永2年(1183)にも木曽義仲の夜襲を受けて焼失しますが、このとき上皇を身代わりとなって救ったと伝えられるのが「身代不動明王」像で、今も法住寺のご本尊とされています。 後白河上皇が崩御された後、法住寺は上皇の御陵を守る寺院となりますが、明治になると陵墓は寺院から分離されて宮内省の管轄に置かれます。
忠臣蔵でおなじみの大石内蔵助は、京都山科に隠棲していた頃この法住寺に立ち寄り、不動明王に討ち入りの成功を祈願したと言われます。今でも毎年12月14日の討ち入りの日には「義士会法要」が開催され、法要やお茶会が行われて義士の供養が営まれます。
またここ法住寺は漫画「サザエさん」の作者として知られる長谷川町子さんの菩提寺でもあり、町子さんはこのお寺に眠っておられるのだそうです。
今はずいぶん小さくなってしまった法住寺ですが、とても美しく、静かで優しい雰囲気の寺院です。