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<「人形寺」として有名>
「百々御所」と呼ばれる尼門跡寺院。
皇女和宮が幼少を過ごされたところ。
毎年10月には人形供養祭が催される。

住所 : 京都市上京区寺之内通堀川東入ル
公式HP:http://www.hokyoji.net/
付近の見所 : 本法寺妙蓮寺水火天満宮,報恩寺


(撮影 : 2010年10月11日)

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宝鏡寺山門
宝鏡寺山門
宝鏡寺境内
宝鏡寺境内
宝鏡寺境内
宝鏡寺境内
日吉屋商店さんの和傘が天日干しされています。
日吉屋商店さんの和傘が天日干しされています。
人形塚
人形塚
人形塚に刻まれた武者小路実篤の詩
人形塚に刻まれた武者小路実篤の詩
門前の石標には「旧百々御所」と刻まれています。
門前の石標には「旧百々御所」と刻まれています。
寺院の近くにある「百々橋」の礎石
寺院の近くにある「百々橋」の礎石

宝鏡寺

宝鏡寺(ほうきょうじ)は、百々御所(どどごしょ)とも呼ばれる臨済宗単立の門跡尼寺で、「人形寺」として、とても有名です。
ご本尊の聖観世音菩薩は、伊勢の二見浦で漁網にかかり引き上げられたと伝えられ、「宝鏡寺」の名はこの菩薩像が手に小さな宝鏡を持っていたことに由来しています。
「百々御所」の名の由来は、後水尾天皇の皇女が入寺されて尼門跡寺院となり、それ以来多くの皇女が次々と入寺された事から。皇女和宮が幼少を過ごされた場所でもあります。「百々」は地名で、「どど」と読みます(百は十かける十なので、「とうとう」から「どど」になったとか)。宝鏡寺のすぐ東には、応仁の乱のとき、細川勝元側の東軍と山名宗全側の西軍とが橋を隔てて戦ったという、「百々橋(どどばし)」の礎石も残っています。
尼門跡寺院であったために歴代皇女が愛した人形が数多く所蔵され、また天皇からもことあるごとに人形が贈られて来たため、いつか「人形のお寺」となりました。
宝鏡寺は通常は非公開ですが、春秋の人形展のときは一般公開されます。境内には(武者小路篤實の詩が刻まれた)人形塚があり、毎年10月にはこの塚の前で人形供養祭が催されます。
お天気の良い日には、前庭に(お寺の門前にある)日吉屋商店さんの和傘が干してあったりして、風情のある美しい風景を作り出しています。
【ご利益】:人形供養