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<日蓮上人創建の日蓮宗大本山>
南北朝時代に鎌倉から京都に移転。
金色装飾が多く施された珍しい寺院。
癌・難病平癒の「くみょうさま」がある。

住所 : 京都市山科区御陵大岩町6
公式HP : http://www.artmemory.co.jp/honkokuji/
付近の見所 : 毘沙門堂双林院(山科聖天)


(撮影 : 2011年1月22日)

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琵琶湖疏水にかかる赤い欄干の正嫡橋を渡ります。
琵琶湖疏水にかかる赤い欄干の正嫡橋を渡ります。
本圀寺入口にある赤門
本圀寺入口にある赤門
仁王門
仁王門
本堂
本 堂
鐘楼
鐘 楼
鐘楼台座内の「九名大尊神(くみょうさま)」
鐘楼台座内の「九名大尊神(くみょうさま)」
「九頭龍銭洗弁才天」
「九頭龍銭洗弁才天」
九頭龍銭洗弁才天の金色の竜
九頭龍銭洗弁才天の金色の竜
加藤清正公を祀る「清正宮」
加藤清正公を祀る「清正宮」
「求法講院」
「求法講院」
経蔵(重文)
経蔵(重文)
寺務所
寺務所
寺務所の壁の貼紙
寺務所の壁の貼紙
人形塚
人形塚
「皐諦石」
「皐諦石」
奉納された絵馬
奉納された絵馬

本圀寺

本圀寺(ほんこくじ)は、京都市山科区の北の山麓にある日蓮宗の大本山で、正式には「大光山本圀寺」といいます。「天智天皇陵」から琵琶湖疏水をはさんで、すぐ北隣になります。
本圀寺の創建は、鎌倉時代に日蓮上人が鎌倉に小さな庵を設けたことに始まります。寺院はその後の数々の法難のたびに破壊と再建を繰り返しますが、鎌倉幕府が滅亡し足利尊氏が京都に室町幕府を開いたとき、尊氏からの要望を受けて光巌天皇が発した勅命によって、鎌倉から京都(当時は三条堀川の地)に移転します。本圀寺はその後幕府の庇護等を受けて発展しますが、昭和に入って経営難に陥り、昭和46年(1971)には寺地を売却して山科に移転、現在に至ります。
寺院の境内には、重文に指定された経蔵のほか、いろいろなものがあります。熱心な日蓮宗徒であった加藤清正公をお祀りしている「清正宮」があり、人形供養のための「人形塚」があり、また鐘楼の台座の内部には「癌などの難病で苦しんでおられる方を必ずお助けくださいます」という「九名大尊神(くみょうさま)」がお祀りされています。この金色に輝く大きな鐘楼は、豊臣秀吉の姉(秀次の母)から寄進されたものだとか。
なお水戸黄門こと水戸光圀公は、本圀寺から大光山の「光」と本圀寺の「圀」の字を贈られ、「光圀」と名乗るようになったのだそうです。
本圀寺の特徴は、写真でお分かりのとおり「キンキラキンキン」の境内。東南アジアの国々ではよくありますが、日本国内のお寺でここまで金色装飾の多いお寺は珍しいのではないでしょうか。寺務所の壁に「赤はパワー、金は金をよぶ」と書かれた貼紙がありましたが、「金ピカ悪趣味」と受け取られない?と思わず心配してしまいます。でもこんなふうに考えるのは日本人だけかも知れませんね。私の頭がジミなのでしょうか。
【ご利益】:九名大尊神(くみょうさま)・・・癌・難病の平癒,女人守護