TOP > 洛中 >福勝寺(ひょうたん寺)
<「ひょうたん寺」の通称で呼ばれる>
弘法大師空海の創建とされる。
節分に授与される「ひょうたん」のお守りが有名。
幕末の志士・古高俊太郎の墓がある。

住所 : 京都市上京区出水通千本西入ル七番町323-1
付近の見所 : 慈眼寺玉蔵院華光寺五劫院, 光清寺



(撮影 : 2011年2月26日)

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福勝寺(ひょうたん寺)山門
福勝寺(ひょうたん寺)山門
福勝寺(ひょうたん寺)通用門
福勝寺(ひょうたん寺)通用門
通用門にある「洛陽第29番札所」の表札
通用門にある「洛陽第29番札所」の表札
寺務所にある「ひょうたん寺」の表札
寺務所にある「ひょうたん寺」の表札
本堂
本 堂
寺務所
寺務所
古高俊太郎の墓(中央の墓石)
古高俊太郎の墓(中央の墓石)
古高俊太郎の墓のアップ
古高俊太郎の墓のアップ

福勝寺(ひょうたん寺)

福勝寺(ふくしょうじ)は上京区の出水通と六軒町通との交差点にある真言宗善通寺派の寺院です。言い換えると、丸太町通から300mほど北で、千本通から100mほど西の地点になります。
平安時代の初めころ、弘法大師空海が今の大阪府羽曳野市あたりに創建したのが寺院の始まりとされます。鎌倉時代になって京都に移され、その後も何度か移転を繰り返しますが、江戸時代に宝永の大火(1708)に遭った後、現在の地に再建されました。
福勝寺は後陽成天皇や後西天皇の勅願寺となり、後西天皇から御所紫宸殿の左近の桜を賜ったため、「桜寺」の別名があります。
また毎年の節分に授与される「ひょうたん」のお守りが有名で、このため「ひょうたん寺」の通称もあります。この「ひょうたん寺」の名の由来は2説あり、1つは豊臣秀吉が出陣の際に、武運を祈願してこのお寺に「ひょうたん」を奉納していたことから、とするもの。他の説は、弘法大師が中国で学んだ秘法に由来するというもので、この秘法に用いる「如意宝珠」の玉をふたつ重ねると、「ひょうたん」に似た形になるから、というものです。なお、この「ひょうたん」のお守りは商売繁盛のご利益があるとされますが、節分当日の混雑を避けるため、今は完全予約制になっているそうです。
また福勝寺は、幕末の有名な「池田屋事件」のきっかけとなった攘夷派の志士・古高俊太郎のお墓があることでも知られています。古高俊太郎のお墓はここ以外にも3箇所ほどあり、ここ福勝寺のお墓には、彼の遺髪が納められているそうです。
【ご利益】:商売繁盛,病気治癒,夫婦円満,祈願成就,現世利益