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<「安楽寺天満宮」は大宰府天満宮の旧称>
上京区の住宅街にある小さな神社。
菅原道真公の死去に伴い帰京した人々が建立。
「北野天満宮七保」の「一之保社」でもある。

住所 : 京都市上京区天神通上ノ下立売上ル北町




(撮影 : 2011年3月19日)

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安楽寺天満宮の正面の鳥居
安楽寺天満宮の正面の鳥居
安楽寺天満宮の鳥居の扁額
安楽寺天満宮の鳥居の扁額
安楽寺天満宮の本殿覆屋
安楽寺天満宮の本殿覆屋
安楽寺天満宮本殿覆屋の扁額
安楽寺天満宮本殿覆屋の扁額
安楽寺天満宮の本殿
安楽寺天満宮の本殿
安楽寺天満宮本殿の扁額
安楽寺天満宮本殿の扁額
「安楽寺旧跡」の石碑
「安楽寺旧跡」の石碑
「天満宮御自作神像」の石碑
「天満宮御自作神像」の石碑
「不動石」を祀る社
「不動石」を祀る社
「不動石」の扁額
「不動石」の扁額
「一ノ保社」の鳥居
「一ノ保社」の鳥居
「一ノ保社」の鳥居にある「一ノ保天満宮」の扁額
「一ノ保社」の鳥居にある「一ノ保天満宮」の扁額
「一ノ保社」にある「天満宮旧蹟」の石碑
「一ノ保社」にある「天満宮旧蹟」の石碑
「玉光大神・立長大神」と「熊鷹稲荷大神」の石碑
「玉光大神・立長大神」と「熊鷹稲荷大神」の石碑
金咲稲荷社
金咲稲荷社
熊鷹稲荷社
熊鷹稲荷社

安楽寺天満宮

安楽寺天満宮(あんらくじてんまんぐう)は、今出川通と丸太町通との南北中間くらいを、天神通から西へ20mほど入ったところにあります。
「安楽寺」と「天満宮」の名がミスマッチのうえに、境内には「安楽寺旧跡」「天満宮旧蹟」の石碑があり、「天満宮旧蹟」の石碑の前には「一之保天満宮」の扁額を持つ鳥居があります。一体ここはどこ?あなたは誰?という感じですが、京都の寺社にはこのようなところが多く、本当に困ってしまいます。
平安時代の学者・政治家として知られる菅原道真公は、延喜3年(903)に九州大宰府で死去し、その亡骸は大宰府の「安楽寺」に葬られますが、後に醍醐天皇が「道真の祟り」を恐れて寺内に社殿を造営し、これを「安楽寺天満宮」と呼ぶこととなります(明治になって「大宰府神社」となり、昭和に「大宰府天満宮」となります)。
従ってここ京都の「安楽寺天満宮」は、この大宰府天満宮の旧称を用いた、ということになります。道真公の死去に伴って帰京した従者たちが、京都のこの地に道真公自作の木像を祀って「安楽寺天満宮」を建立したのだそうです。後に「北野天満宮七保(北野天満宮で御供え神事を行う役割。七ヶ所に分かれ、それぞれが天満宮をもつ)」のうちの「一之保社」となり、さらに明治の廃仏毀釈によって安楽寺は廃寺、社殿も北野天満宮内に遷座となりますが、近年になって社殿が再建され現在に至る、という経緯をたどります。
一度聞いたぐらいではとても分からないような紆余曲折の来歴ですが、それだけ由緒正しき古社、ということなのでしょう。