TOP > 洛中 >平等寺(因幡薬師堂)
<通称の「因幡薬師」で有名>
「不明門通」の名の元となった寺院。
橘行平が自宅に薬師如来を祀って創建。
ご本尊の薬師如来像は日本三如来の一つ。

住所 : 京都市下京区不明門通松原上ル因幡堂町728
公式HP:http://www.inabayakushi.com/old/
付近の見所 :命婦稲荷神社と鉄輪井戸新玉津嶋神社


(撮影 : 2010年10月2日)

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平等寺(因幡薬師堂)の石柱と参道
平等寺(因幡薬師堂)の石柱と参道
平等寺(因幡薬師堂)正面
平等寺(因幡薬師堂)正面
平等寺(因幡薬師堂)本堂のアップ
平等寺(因幡薬師堂)本堂のアップ
本堂の上にも仏様が飾られていました。
本堂の上にも仏様が飾られていました。
本堂右にある「子安子授け地蔵」
本堂右にある「子安子授け地蔵」
本堂の前に置かれていた130年前の鬼瓦
本堂の前に置かれていた130年前の鬼瓦
売られている各種の御守り
売られている各種の御守り
虎の形の「おみくじ」
虎の形の「おみくじ」
観音堂
観音堂
歓喜天堂
歓喜天堂

平等寺(因幡薬師堂)

平等寺がその名の通りに呼ばれることは稀で、普通は通称の「因幡薬師」で呼ばれています。
また平等寺の住所である「不明門通」は、正しくは「あけずのもんどおり」と読みますが、このように呼ばれることは稀で、短く「あけずどおり」と呼ばれるのが普通になっています。平等寺の門が常に閉ざされていたため、このように呼ばれるようになったのだそうです。
平安時代のちょうど中ごろの997年に、今の鳥取県に当る因幡で国司を務めていた橘行平(たちばなゆきひら)が任を終えて帰京する途中、夢のお告げによって海中から一体の薬師如来像をひきあげます。行平はこれをお堂の中に安置しますが、薬師如来があとを追いかけて京都までやって来たため、行平は京都の自宅にこれをお祀りした、というのが寺院の由来。「因幡薬師」の名はこのお話から来ているようです。
このご本尊の薬師如来像は、今は善光寺の阿弥陀如来や清涼寺の釈迦如来とともに 「日本三如来」とされ、重要文化財に指定されています。
【ご利益】:病気平癒,癌封じ,子授け,安産,縁結び,学力向上,商売繁盛,