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<関西で初めての日蓮宗寺院>
京都府向日市にある(南真経寺もある)。
日蓮上人の弟子・日像上人が創建。
もとは1つの真経寺であった。

住所 : 京都府向日市鶏冠井町御屋敷

付近の見所 : 南真経寺向日神社長岡宮跡


(撮影 : 2012年3月3日)

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西門
西 門
西門横にある「鶏冠山 北真経寺」の石標
西門横にある「鶏冠山 北真経寺」の石標
本堂
本 堂
本堂の「鶏冠山」の扁額
本堂の「鶏冠山」の扁額
寺務所
寺務所
妙見大菩薩
妙見大菩薩
西門を入ったところにある社(名は不明)
西門を入ったところにある社(名は不明)
鐘楼
鐘 楼
南門
南 門
北門
北 門

北真経寺

京都府向日市の「鶏冠井町(かいでちょう)」という難しい名前の地域には、阪急電鉄を挟んで「北真経寺」と「南真経寺」という、2つのお寺があります。どちらも「鶏冠山」という山号をもち、その昔は「真経寺」という一つの寺院でした。
真経寺は、鎌倉時代後期の徳治2年(1307)に、日蓮上人の弟子の「日像(「にちぞう」または「にちじょう」)上人」によって、関西で始めて創建された日蓮宗の寺院です。ただし、もともとこの地には真言寺という名の真言宗の寺院が存在し、その住職であった「実賢律師」が日像上人に帰依して日蓮宗に改宗。このとき寺院も真経寺と改名することになったといわれています。
日像上人は、文永6年(1269)に下総国に生まれて永仁2年(1294)に京都に入り、比叡山宗徒からの激しい
攻撃にさらされて何度も洛中追放の目に会いながら、熱心に日蓮上人の教えを広めた人物。真経寺は上人の布教活動の拠点となり繁栄の道を歩みますが、江戸時代初期に南北2つの寺院に分割されてしまいます。
この後、北真経寺はもっぱら学僧のための壇林(学問所)となり、一時は100人を超える学僧がここに寝泊まりして教義を学んだといわれます。しかし明治維新後には壇林が廃止されて学舎も解体され、現在に至る姿となりました。それでも現在の本堂(元々は講堂)は当時の面影を残す貴重な遺産として、京都府の登録文化財に指定されています。
北真経寺は、すでに東門はなくなっていますが、東西南北に「四門(4つの門)」を配した珍しい構造。「四門」とは、「苦集滅道」の四諦(釈迦が説いた人生の真理を示すもの)を表しています。阪急電鉄西向日駅から北東へ500mほど行った住宅街の中にありますので、お時間があれば、もう一つの南真経寺と共に、一度訪ねてみてください。