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<「村山たか女」ゆかりの寺院>
平安時代に慈覚大師円仁により創建。
松尾芭蕉が使った「芭蕉庵」がある。
与謝蕪村のお墓もある。

住所 : 京都市左京区一乗寺才形町20
付近の見所 : 詩仙堂北山別院八大神社


(撮影 : 2011年3月12日)

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金福寺参道入口の石段
金福寺参道入口の石段
「佛日山金福寺」の石碑
「佛日山金福寺」の石碑
山門
山 門
拝観受付
拝観受付
受付前の庭園
受付前の庭園
「芭蕉庵」入口の門
「芭蕉庵」入口の門
小さな手水場
小さな手水場
本堂
本 堂
本堂前の庭
本堂前の庭
本堂と庭を高台から見たところ。
本堂と庭を高台から見たところ。
「芭蕉庵」
「芭蕉庵」
「芭蕉庵」
「芭蕉庵」
「芭蕉庵」の内部
「芭蕉庵」の内部
「芭蕉庵」の窓からは西山連山が望めます。
「芭蕉庵」の窓からは西山連山が望めます。
与謝蕪村のお墓
与謝蕪村のお墓
鉄舟和尚が芭蕉をもてなす際に使った井戸「翁之水」
鉄舟和尚が芭蕉をもてなす際に使った井戸「翁之水」
村山たか女が建立した弁天堂
村山たか女が建立した弁天堂
弁天堂の扁額
弁天堂の扁額
弁天堂の内部
弁天堂の内部
弁天堂の横にある「身がわり地蔵」
弁天堂の横にある「身がわり地蔵」

金福寺

金福寺(こんぷくじ)は、京都市左京区一乗寺の、詩仙堂から100mあまり南の地点、北山別院のすぐ南にある臨済宗南禅寺派の寺院です。
平安時代の貞観6年(864)に、慈覚大師円仁の遺志により天台宗のお寺として創建されます。ご本尊は聖観音菩薩で、慈覚大師の自作といわれています。寺院はその後荒廃しますが、江戸時代の元禄の頃に円光寺の鉄舟(てつしゅう)和尚により再興され、臨済宗南禅寺派に改宗します。この鉄舟和尚は俳人の松尾芭蕉と親交があり、芭蕉はよくここを訪れて和尚と風流を語り合ったといわれます。和尚は芭蕉が使っていた庵を「芭蕉庵」と名付けますが、この庵も次第に荒廃し、江戸中期に与謝蕪村とその一門によって再興されます。
寺院の境内には、鉄舟和尚が芭蕉をもてなすときに使ったとされる井戸があり、寺院裏の墓地には与謝蕪村のお墓もあります。
またこのお寺は、舟橋聖一の小説「花の生涯」のヒロインとして知られる「村山たか(村山たか女)」が尼として入寺し、その波乱の生涯をとじたところとしても有名。村山たかは「安政の大獄」で知られる井伊直弼(いいなおすけ)の女スパイとして活躍した人物で、井伊直弼が暗殺された後に彼女も捕えられ、三条河原で晒し者にされますが死罪は免れ、この金福寺で出家し尼僧となって直弼の菩提を弔います。このお寺には残された彼女の位牌や遺品等が展示され、山門の横には彼女が建立した弁天堂もあります。
詩仙堂などと比べると訪れる人の数は格段に少ないのですが、庭園も大変美しく、一見の価値は十分にあるところです。