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<山県有朋の別邸跡>
七代目・小川治兵衛作の3100平米の名園。
日露戦争開戦を巡る「無鄰菴会議」の舞台。
南禅寺・平安神宮に近い国指定名勝。

住所 : 京都市左京区南禅寺草川町31

付近の見所 : 平安神宮南禅寺インクライン
京都市動物園

(撮影 : 2012年4月15日)

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無鄰菴入口
無鄰菴入口
庭園
庭 園
庭園
庭 園
庭園
庭 園
庭園の滝(琵琶湖疏水の水を利用)
庭園の滝(琵琶湖疏水の水を利用)
母屋
母 屋
洋館
洋 館
展示室(洋館の内部)
展示室(洋館の内部)
当時の椅子とテーブル(洋館の内部)
当時の椅子とテーブル(洋館の内部)
洋館の天井
洋館の天井

無鄰菴

無鄰菴(むりんあん)は、明治・大正時代の軍人で政治家の「山県有朋(やまがたありとも)」の別邸跡です。
山県有朋の名は有名ですので、あえてここで説明する必要はないかも知れませんが、幕末の天保9年(1838)に長州に生まれて高杉晋作の奇兵隊に入り、「軍監」の地位まで昇進します。また明治政府でも陸軍の強化と官僚制度の確立に手腕をふるい、第3代と第9代の内閣総理大臣を務めるに至ります。明治31年(1899)には元帥となり、大正11年(1922)に死去。国葬が執り行われています。
その山県が造り上げた無鄰菴という名の別邸は、ここを含めて、なんと3つもあります。
最初の無鄰菴は、山県の故郷である長州・下関の地に建てられます。「無鄰菴」という変わった名の由来は、この建物に「隣家がなかったから」という、至極単純な理由によるのだそうです。
第二の無鄰菴は、京都市の木屋町二条の鴨川の近く、高瀬川を開設した豪商・角倉了以の別邸跡に、明治23年(1891)に建てられます。ここは現在は、料亭「がんこ高瀬川二条苑」として営業されています。
そしてここ第三の無鄰菴は明治26年(1894)に建てられ、広さはおよそ3100平米。広大で美しい庭は、平安神宮の神苑を作庭した七代目・小川治兵衛によるもので、明るい芝生に琵琶湖疏水の水を引き込んだ池泉回遊式庭園となっています。
庭園の一角には煉瓦造り二階建ての洋館があり、明治36年(1903)には、ここの二階の部屋で「無鄰菴会議」が開かれ、伊藤博文や小村寿太郎、桂太郎などと共に、日露戦争前の対露交渉の基本方針が定められたといわれています。
無鄰菴は平安神宮や南禅寺、京都市動物園、琵琶湖疏水などの観光地に囲まれていますが、入口が南北の路地にあるため目立たず、いつも静かで落ち着いた環境が保たれています。観光の穴場としてオススメ。