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<「十六羅漢石庭」が有名>
本門法華宗の大本山。
長谷川等伯一派の筆とされる襖絵がある。
墓所には赤穂浪士の「遺髪墓」がある。

住所 : 京都市上京区寺之内通大宮東入る妙蓮寺町875
公式HP :http://www.eonet.ne.jp/~myorenji/
付近の見所 :本法寺宝鏡寺,報恩寺


(撮影 : 2010年10月11日)

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妙蓮寺正面
妙蓮寺正面
鐘楼
鐘 楼
妙蓮寺本堂
妙蓮寺本堂
庫裏
庫 裏
「十六羅漢石庭」
「十六羅漢石庭」
「赤穂浪士遺髪墓」
「赤穂浪士遺髪墓」
遺髪墓の表側(全て戒名。院号は「忠誠院」)
遺髪墓の表側(全て戒名。院号は「忠誠院」)
遺髪墓の裏側(最上段中央に「大石内蔵助良雄」の名)
遺髪墓の裏側(最上段中央に「大石内蔵助良雄」の名)

妙蓮寺

妙蓮寺(みょうれんじ)は、堀川通から寺之内通を西へ50mほど入ったところ(北大路通と今出川通との中間くらい)にある、本門法華宗の大本山です。
鎌倉幕府ができて100年ほど経った永仁2年(1294)に、造酒屋の柳屋仲興が日像上人に帰依して自分の邸宅を寺に改め、「柳寺」と名づけたのがお寺の由来。その後、日像の弟子たちが寺院を移築造営して名称を「妙蓮寺」に改め、さらに幾度かの移設を経て、天正15年(1587)の豊臣秀吉による聚楽第造営時に現在の場所に移されました。天明の大火によって鐘楼以外のほとんどを焼失し、現在の建物はその後に再興されたものです。
白砂に十六羅漢を表す置石のある、江戸時代初期の枯山水庭園「十六羅漢石庭」が有名。 玄関や奥書院には、長谷川等伯一派の筆とされ、秀吉が寄進したと伝えられる襖絵もあります。
また本堂の右手奥、つまり北東角の墓地には「赤穂浪士遺髪墓」があります。
赤穂義士47名のうち、切腹した大石内蔵助(良雄)ら46名の遺髪を納めたお墓。この遺髪は、唯一切腹を免れた寺坂吉右衛門が赤穂城下へ帰る途中に、伏見の片岡源五右衛門の姉宅に立ち寄って託したもの、とされています。主君の三回忌にあたる元禄17年2月に、この姉が施主となって菩提寺である妙蓮寺にこのお墓を建立し、納めたのだそうです(老朽化のため墓石は最近再建され、新しくなっています。クリックして拡大して見てください)。
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