TOP > 洛西 >乙訓寺
表門
表 門
本堂
本 堂
毘沙門天
毘沙門天
日限地蔵尊
日限地蔵尊
弘法大師像
弘法大師像
地蔵塔
地蔵塔
早良親王供養塔
早良親王供養塔
鎮守八幡社
鎮守八幡社
境内(大きな木は弘法大師御手植の菩提樹)
境内(大きな木は弘法大師御手植の菩提樹)
鐘楼(白い傘は牡丹を雨や霜から守るためのもの)
鐘楼(白い傘は牡丹を雨や霜から守るためのもの)
境内に咲く牡丹の花
境内に咲く牡丹の花
境内に咲く牡丹の花
境内に咲く牡丹の花
境内に咲く牡丹の花
境内に咲く牡丹の花
境内に咲く牡丹の花
境内に咲く牡丹の花
お寺のシンボル、巨大なモチノキ
お寺のシンボル、巨大なモチノキ
柑橘樹(弘法大師が嵯峨天皇に実を献上したもの)
柑橘樹(弘法大師が嵯峨天皇に実を献上したもの)

乙訓寺

乙訓寺は、真言宗豊山派長谷寺の末寺で、聖徳太子が開いたといわれる、とても古いお寺です。
長岡京遷都の際に新都建設の指導者であった藤原種継が暗殺され、暗殺者の一味と疑われた早良親王が、桓武天皇によってこの乙訓寺に監禁された事件は有名。この事件が引き金となって長岡京遷都は中止され、都は新たに平安京へと移ることになります。
このお寺を舞台とするもう一つの歴史的な出来事としては、弘法大師空海が嵯峨天皇より任命されてこのお寺の別当となり、それを訪ねてきた伝教大師最澄と最初の出会いをされたことにあります。この二人の出会いが、その後の日本仏教が大きく発展する要因となったといわれています。
このお寺で有名な三つ目は、境内いっぱいに栽培されている牡丹の花。本山の長谷寺から移した牡丹が、4月下旬から5月上旬ごろに大輪の花を咲かせます。普段静かな乙訓寺も、この季節になると多くの観光客・カメラマンでにぎわいます。