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離宮八幡宮の正面
離宮八幡宮の正面
離宮八幡宮の大鳥居
離宮八幡宮の大鳥居
本殿前の石段
本殿前の石段
離宮八幡宮本殿
離宮八幡宮本殿
手水舎(「石清水」の額がかかっています)
手水舎(「石清水」の額がかかっています)
本殿横にある旧「石清水井」(左の石は手水鉢)
本殿横にある旧「石清水井」(左の石は手水鉢)
本殿の左手には多くの摂社・末社がある。
本殿の左手には多くの摂社・末社がある。
本殿石段前にある「河陽宮故跡」の石碑
本殿石段前にある「河陽宮故跡」の石碑
「石清水八幡宮」の灯籠と「本邦製油発祥の地」石碑
「石清水八幡宮」の灯籠と「本邦製油発祥地」の石碑
「油祖像」
「油祖像」

離宮八幡宮

離宮八幡宮は、JR東海道線「山崎駅」のすぐ西、歩いて数分のところにあります。
平安時代の初期に、この地の岩の間から清水が湧き出たことから、当時の清和天皇がここに国家安康と国民平安を願う社を創建したのが「石清水八幡宮」という名の神社の始まり。その後この名は淀川の対岸(京都府八幡市)にある現「石清水八幡宮」へと移されますが、山崎の神社はここが嵯峨天皇の離宮「河陽宮」の跡地であったため社号を「離宮八幡宮」と改め、現在に至ることになります。このため、本殿前の石灯籠には「石清水八幡宮」の名が残り、本殿石段前には「河陽宮故跡」の石碑も立っています。
後に、この神社の神官がゴマを搾る機械を発明し、灯明用「荏胡麻(えごま)油」の製油を始めたため、朝廷より「油祖」の名を賜り、さらに油の独占販売権を手にして大きく栄えることになります。境内にはこれにまつわる「油祖像」や「本邦製油発祥地」の石碑が立っています。
一時は「西の日光」と呼ばれたほど広大で立派な社殿を構えたそうですが、幕末の禁門の変(蛤御門の変)で被災したうえに、明治9年の東海道本線開通によって社地が大幅縮小されてしまいます。それでも、今でもとても厳かで風格のある、美しい神社です。
【ご利益】:商売繁盛,家内安全