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<平安京の鬼門除けに造営された神社>
猿田彦神を主祭神とする道祖神。
鬼門除けの木彫りの猿が置かれている。
出町の七不思議の「石神さま」がある。

住所 : 京都市上京区寺町今出川上ル西入ル幸神町303
付近の見所 : 京都御苑



(撮影 : 2011年4月12日)

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幸神社はこの道の突き当りにあります。
幸神社はこの道の突き当りにあります。
幸神社の鳥居
幸神社の鳥居
鳥居の扁額
鳥居の扁額
「皇城鬼門除 出雲路幸神社」の石柱
「皇城鬼門除 出雲路幸神社」の石柱
幸神社の境内
幸神社の境内
拝所
拝 所
拝所の扁額
拝所の扁額
拝所に奉納された絵馬
拝所に奉納された絵馬
本殿(覆屋の中)
本殿(覆屋の中)
本殿
本 殿
覆屋の中にも神石がありました。
覆屋の中にも神石がありました。
本殿東側の破風にある「木彫りの猿」
本殿東側の破風にある「木彫りの猿」
境内の北東隅にある「石神さま」。
境内の北東隅にある「石神さま」。
「石神さま」
「石神さま」
石神さまの横にある「疫社」。
石神さまの横にある「疫社」。
「猿田彦大神御神石旧跡」の石碑
「猿田彦大神御神石旧跡」の石碑
摂末社群
摂末社群
社務所
社務所

幸神社

幸神社は「さいのかみのやしろ」と読みます(近所では「さちじんじゃ」とも呼んでいるようですが)。京都御苑の北東の角から、今出川通を越えて北へまっすぐに延びる細い道を120mほど行った突き当たりに、神社の鳥居が見えています。
神社の創建は不詳ですが、神代の時代から伝わり、飛鳥時代の白鳳元年(660頃?)に再興されたといわれます。平安京の造営時に都の東北鬼門封じのため鴨川河畔に置かれ、かつては「出雲路道祖神」と呼ばれていたようです。応仁の乱等で何度か焼失した後、江戸時代初期に現在の地で再建され、社名も今の「幸神社(または出雲路幸神社)」となりました。猿田彦神を主祭神とする道祖神で、鬼門除け、縁結び、芸能上達、旅行安全などのご利益があります。
本殿東側の破風には、御幣をかついだ木彫りの猿が置かれていますが、これは「鬼門除け」のためで、御所の北東に当たる「猿ヶ辻」にもこれとよく似たものが置かれています。また境内の北東(右奥)隅には、「御石さん(おせきさん)」とか「石神さま」と呼ばれる神石もあります。この「石神さま」と御所の「猿ヶ辻」とは、共に「出町の七不思議」の一つに数えられています。
さらに神社の案内板には、歌舞伎の創始者とされる出雲阿国はこの近くの出身で、一時期はこの神社の巫女であった、と書かれています。出雲阿国は出雲大社の巫女であった、というのが普通の説だと思うのですが、この案内板のようにいろんな説もあり、中には忍者説(服部半蔵の妹とか)まであるようです。
なお「幸神社」という名の神社は広島県の広島市(西区)と廿日市市(宮島町)にもあり、広島市の方は「こうじんじゃ」と、廿日市市のほうは「さいわいじんじゃ」と読むのだそうです。また「出雲路幸神社」という名の神社は島根県安来市にあり、こちらは「いずもじさいじんじゃ」と読むのだそうです。ヤヤコシイですね。
【ご利益】:鬼門除け,方除け,旅行安全,縁結び,子孫繁栄,芸事上達,