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<西園寺家の名の元となった寺院>
鎌倉時代の藤原公経の造営により始まる。
衣笠山麓に建てた別荘が金閣寺の元となる。
境内には西園寺家が代々祀る妙音弁才天がある。

住所 : 京都市北区鞍馬口通寺町下る高徳寺町362
付近の見所 : 上御霊神社上善寺,天寧寺



(撮影 : 2011年5月14日)

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西園寺山門
西園寺山門
西園寺の表札
西園寺の表札
本堂
本 堂
本堂の扁額(西園寺公望書)
本堂の扁額(西園寺公望書)
地蔵堂
地蔵堂
地蔵堂の提灯
地蔵堂の提灯
これが「槌留地蔵」様
これが「槌留地蔵」様
地蔵堂の横にある稲荷社
地蔵堂の横にある稲荷社
「妙音弁才天」
「妙音弁才天」
若き日の法然上人の像
若き日の法然上人の像
鐘楼
鐘楼
梵鐘には穴が4つあいています。
梵鐘には穴が4つあいています。

西園寺

西園寺(さいおんじ)は京都御所の北、寺町通にある浄土宗の寺院です。鎌倉時代の1224年に、太政大臣となった藤原公経(ふじわらきんつね)が北山の衣笠山麓に別荘北山第を造営し、そこに菩提寺として仏堂を建立したのが始まりとされます。後に足利義満がこの地を所望したため西園寺は室町に移転、さらに1586年に秀吉の命により現在地へと移ります。
現在の本堂は1788年の天明の大火後の再建で、本堂には明治から昭和にかけて活躍し内閣総理大臣も務めた政治家「西園寺公望(きんもち)」の筆による扁額が掲げられています。
西園寺家は琵琶の宗家の家柄であり、境内には琵琶を持った音楽の神様「妙音弁財天」が祀られています。
また地蔵堂に安置されている「槌留(つちとめ)地蔵」は「土止地蔵」とも言い、天台宗の僧「恵心僧都(えしんそうず)」の教えの清流を土留め、悪事を打止める、との願いを込めて名付けられたものだそうです。鎌倉時代の様式を伝えるとても立派なもので、背後の壁面には地獄と極楽が大変リアルに描かれています。
また梵鐘には写真にありますように4つの小さな穴が明いていますが、これは戦時中に軍がこの梵鐘を兵器の材料に使おうとして、銅の質を調べるために抜き取った跡だとか。幸いにも溶解される直前に終戦を迎え、梵鐘は無事にお寺へ戻されることになったのだそうです。