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<会津藩士墓地の菩提寺>
浄土宗大本山「金戒光明寺」の塔頭。
幕末の侠客「会津小鉄」の墓もある。
法然上人ゆかりの「紫雲石」がある。

住所 : 京都市左京区黒谷町121

付近の見所 : 金戒光明寺

(撮影 : 2015年1月1日)

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黒谷墓地の中にある寺院参道
黒谷墓地の中にある寺院参道
寺院の表門
寺院の表門
本 堂
本 堂
本堂の扁額
本堂の扁額
「紫雲石」を祀る堂
「紫雲石」を祀る堂
「紫雲石」を祀る堂の扁額
「紫雲石」を祀る堂の扁額
これが「紫雲石」
これが「紫雲石」
堂内にある法然上人図
堂内にある法然上人図
堂の前にある「志うん石」の石標
堂の前にある「志うん石」の石標
境内にある「会津小鉄」の墓
境内にある「会津小鉄」の墓
右側の「会津小鉄」の墓石
右側の「会津小鉄」の墓石
墓石にある「侠客会津小鉄事 上坂仙吉」の名
墓石にある「侠客会津小鉄事 上坂仙吉」の名
左側の「二代目会津小鉄」の墓石
左側の「二代目会津小鉄」の墓石
墓石にある「二代目会津小鉄 上坂卯之松」の名
墓石にある「二代目会津小鉄 上坂卯之松」の名
「会津藩殉難者墓地」の石標
「会津藩殉難者墓地」の石標
会津藩士墓地
会津藩士墓地
会津藩士墓地内の墓石群
会津藩士墓地内の墓石群
会津藩士墓地内の墓石群
会津藩士墓地内の墓石群
「会津墓地の由来」の石碑
「会津墓地の由来」の石碑
「会津藩鳥羽伏見戦死者慰霊碑」
「会津藩鳥羽伏見戦死者慰霊碑」

西雲院

西雲院(さいうんいん)は、江戸時代の1616年に創建された寺院で、左京区黒谷にある浄土宗大本山「金戒光明寺」の塔頭です。
黒谷は、平安時代の後期に比叡山で修行していた法然上人が、浄土宗を開いた地といわれるところ。念仏を唱えていた法然上人が、紫雲光明を目にしたときに腰を掛けていたとされる「紫雲石(しうんせき)」が、ここ西雲院の祠の中に安置されています。
西雲院はまた、幕末の鳥羽伏見の戦いで亡くなった会津藩士の墓地「会津藩殉難者墓地」を預かる寺院として知られ、また彼ら会津藩士をここに埋葬した侠客「会津小鉄」のお墓があることでも知られています。
会津小鉄は本名を上坂仙吉(こうさかせんきち)といい、天保4年(1833)に大阪で元水戸藩士の私生児として生れ、後に孤児となりますが、金戒光明寺に本陣を構えた京都守護職会津藩の世話を得て元締めとなり、やがて数百人の子分を従える侠客となった人物。鳥羽伏見の戦いには自ら子分を動員して参戦しますが、無念の敗戦。その後会津小鉄は、お世話になった会津藩への恩義に報いるため、官軍によって埋葬が禁じられ野ざらしとなっていた会津藩の死者を、制裁を恐れることなく子分に命じて引取り埋葬し、供養したとされています。
ふたつ並んだ向かって右側の墓石が「会津小鉄」のもの。墓石には戒名が書かれていますが、左下に小さく「侠客会津小鉄事 上坂仙吉」とあります。左側の墓石には「二代目会津小鉄 上坂卯之松」と、仙吉の実子の名が刻まれています。