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「日本の歴史公園100選」の碑
「日本の歴史公園100選」の碑
お城と濠(手前に赤く咲いているのはキリシマツツジ)
お城と濠(手前に赤く咲いているのはキリシマツツジ)
お城の入口
お城の入口
城門
城 門
城内は公園になっています。
城内は公園になっています。
天守閣のような姿の資料館。
天守閣のような姿の資料館。
城内にある細川忠興と玉の像
城内にある細川忠興と玉の像
城内にある「ガラシャおもかげの水」
城内にある「ガラシャおもかげの水」

勝竜寺城

勝竜寺城は、現在の京都府長岡京市勝竜寺に所在した、南北朝時代から江戸時代初期に存在していたお城です。
勝竜寺城は1339年に細川頼春により築城され、応仁の乱では西軍畠山義就の拠点となります。戦国時代には細川藤孝(幽斎)によって立派な城に改修され、1582年の山崎合戦では明智光秀が城に入りましたが、羽柴秀吉との戦いに敗れて落城しました。
明智光秀の三女「玉」(後の「細川ガラシャ」)が、16歳で細川藤孝の息子忠興(16歳)のもとに輿入れ、つまりお嫁入りをした城としても有名。
ただし、今あるものは本物のお城ではなく、1992年に市民公園として整備されたものです。
天守は復元されておらず、天守のように見えるのは資料館。中には長岡京に関する出土品などが展示されています。石垣の中は庭園になっていて、その周りを濠が巡っています。天気の穏やかな日にはお弁当を食べる人もいて、市民の憩いの場となっています。
また毎年秋にはここで「長岡京ガラシャ祭」が行われ、心の安らぎを求めつつ悲劇的な最期を遂げたガラシャ夫人をしのぶ各種の行事が催されます。