TOP > 洛中 >岬神社(土佐稲荷)
<坂本龍馬ゆかりの神社>
元は土佐藩の京屋敷内にあった。
今は河原町と木屋町とを結ぶ脇道途中にある。
境内には「坂本龍馬の像」がある。

住所 : 京都市下京区木屋町通蛸薬師備前島町
付近の見所 : 永福寺(蛸薬師)誠心院(和泉式部)
矢田寺西光寺(寅薬師)染殿院
正覚寺(赤門さん)善長寺(くさがみ)

(撮影 : 2010年10月2日)

● 写真をクリックすると拡大できます ●

岬神社(土佐稲荷)正面
岬神社(土佐稲荷)正面
神社境内
神社境内
神社本殿
神社本殿
手水場
手水場
境内にある坂本龍馬の像
境内にある坂本龍馬の像
社務所の前に掲げられた坂本龍馬の写真
社務所の前に掲げられた坂本龍馬の写真
「土佐稲荷・岬神社の由来」の説明板
「土佐稲荷・岬神社の由来」の説明板
神社入口にある「寄附 先斗町遊廓中」と書かれた石柱
神社入口にある「寄附 先斗町遊廓中」と書かれた石柱
神社近くに立てられた「此付近土佐藩邸跡」の看板
神社近くに立てられた「此付近土佐藩邸跡」の看板
神社近くにある「土佐藩邸跡」と書かれた石碑
神社近くにある「土佐藩邸跡」と書かれた石碑

岬神社(土佐稲荷)

「岬神社」は、室町時代の初期に、祠が鴨川の中洲の岬(突端)に建てられたことに由来しています。その後、祠は数度の変遷を経た後、江戸時代の初期になって現在地にあたる土佐藩京屋敷内に遷され、「土佐稲荷」の通称で呼ばれるようになります。
それ以降、先斗町などの町衆からも信仰を集め、坂本龍馬や中岡慎太郎らの土佐藩士もよく参拝していたといわれています。
明治維新により土佐藩邸が売却され、神社も移転を余儀なくされますが、その後再び現在の地に戻り、大正初期には近隣氏子の力によって現在の社殿が建立されることになります。 神社正面には「坂本龍馬ゆかりの神社」の大きな看板が掲げられ、境内には小さいながらも立派な「坂本龍馬の像」が建立されています。
河原町と木屋町とを東西に結ぶ脇道に面していて、繁華街から少し外れた位置にあるため、一般の観光客には気付きにくいかもしれません。
【ご利益】:農耕・商売・土木・金工など諸業の繁栄,火難除け