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<「よなき地蔵」の通称で知られる>
江戸時代初期に創建された浄土宗の寺院。
一条戻橋伝説ゆかりの聖観世音菩薩がある。
「出水の七不思議」の「百叩きの門」がある。

住所 : 京都市上京区七本松通出水下ル三番町28
付近の見所 : 極楽寺慈眼寺大雄寺五劫院


(撮影 : 2011年2月26日)

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観音寺(よなき地蔵)山門
観音寺(よなき地蔵)山門
山門の「慈眼山観音寺」の表札
山門の「慈眼山観音寺」の表札
「百叩きの門」の門扉
「百叩きの門」の門扉
門扉に残る「くぐり戸」の跡
門扉に残る「くぐり戸」の跡
本堂
本 堂
寺務所
寺務所
「洛陽27番観音寺」の石碑
「洛陽27番観音寺」の石碑
「よなき地蔵」のお堂
「よなき地蔵」のお堂
地蔵堂の扁額
地蔵堂の扁額
「よなき地蔵」様
「よなき地蔵」様
「観音堂(千人堂)」
「観音堂(千人堂)」
観音堂(千人堂)の扁額
観音堂(千人堂)の扁額
「聖観世音菩薩」様
「聖観世音菩薩」様
観音堂の前にある「びんづる」様
観音堂の前にある「びんづる」様

観音寺(よなき地蔵)

観音寺(かんのんじ)は上京区の七本松通に面した浄土宗のお寺です。丸太町通から北へ300mほどの地点にあり、通称「よなき地蔵」として知られています。
江戸時代初期の慶長12年(1707)に、梅林和尚という人が一条室町の地に創建したのが寺院の始まりとされていますが、その後の火災によって資料が焼失してしまい、由来・来歴の詳細は不明となっています。
「よなき地蔵」の来歴も不明なのですが、赤ちゃんの夜泣きはどこでも家族の悩みのタネのようで、同名のお地蔵様は日本全国にたくさんあるようです。京都でも壬生寺に「夜啼き地蔵」があり、三十三間堂にも「夜泣き封じ」のお地蔵さんがあります。
この「よなき地蔵」の祠のすぐ向かいに建っているのが、「観音堂(千人堂)」。ここにお祀りされている聖観世音菩薩は元々は一条戻橋付近の寺にあったといわれ、有名な伝説「三善清行の蘇生」の際に、清行の子の浄蔵が祈祷をこめた仏像と伝えられています。
さらにこの寺院で有名なものが、「出水の七不思議」のひとつとされ、「百叩きの門」と呼ばれる寺院の山門です。この山門は伏見城の牢獄の門を移築したといわれ、罪人を釈放するときに門前で「百叩き」をし、再び牢へ戻らないよう懲らしめたので、この名が付いたのだそうです。
しかし伏見城から門を移築して間もない頃、この門から「人の泣き声が聞こえる」という噂が広がります。住職が調べてみると、扉にある小さな潜り戸が風で開閉するとき、人の泣き声の様な音を出していることが分かりました。住職はこの潜り戸に罪人たちの霊が乗り移っていると考え、百日間にわたって食を断ち念仏を唱え続けたところ、泣き声はしなくなったといわれます。 あまりに不気味なため、潜り戸は住職によって釘付けにされてしまいますが、写真にありますように、門扉には今でも当時のくぐり戸らしきものが痕跡として残っています。
【ご利益】:夜泣き止め